ジャングルに、木が無い??

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インド、ワルリの村での事。
もうすぐ帰国して、ひと月経とうとしている。
3週間の滞在での毎日の体験が凄すぎて、なかなかアウトプット出来ないでいた。
どう出していったら良いのか分からなかったのだけど、伝えなくてはいけない事が沢山あるんだ。
思い出した事からポロポロ書いて行こう。
村人のお家にインタビューに行った日の事。
この日私は、私が思ってきたnoco projectの定義が覆された。

「ワルリの伝統的なお家、素敵だから残して行こう。伝統的な生活、素晴らしいから出来れば捨てないで。」
そんな想いがnocoには込められていた。
しかし、私達がうったえる相手は村人ではなくもっと大きな物だった気がした。
私達が出会ったワルリの人達の殆どが、煉瓦とセメントの家より、土と牛糞と木の家が好きだった。
では、何故煉瓦の家に建て替えるのか?
そこに私達が思っていた事と大きな違いがあった。
便利さや格好よさ、文明を求めていた訳ではなかった(もちろん全てがではないが)。
彼らが口を揃えて言ったのは
「木が無いんだ。」
建てたくたって建てられない。
ジャングルに、木が無い??
家を建てる為のサーグの木はそこらに生えている。
しかし、それは全て政府の物だった。
自分の家に生えているサーグの木さえ、切ってはいけなかった。
ここまでは、なんとなく聞いていた話だった。
でも、実際に村人の口から聞く話は切実だった。
彼らは何千年も前から、あの地に住む先住民族だ。インド人よりも前から住んでる。
独自の言葉を話し、独自の神様を信じ、生活してきた。
イギリス統治時代、彼らの豊かなジャングルの土地はいつの間にか政府のものになっていた。
教育を受けない彼は、文字を読む事もないし、ヒンディー語、英語も分からず、自分達の土地が自分達の土地で無くなった事を知らなかった。
知らずに木を切って家を建てた人には当時で4000ルピーの罰金が課せられた。お金など持たない彼らは、犯罪者として逮捕され、奴隷の様に働かされた。
今でもワルリ画でそういう場面を描いている。
家を建てる所か、料理をする為の木すら無くなった。
今から約40年前、1970年代に彼らは立ち上がりストライキを起こした。そして、彼らの土地を取り戻した。 最後の写真に写ってるお父さんが、その時の事を語ってくれた。
しかし、木は政府のもの。
今は、100年前の家の材料を大切にリユースしている家がほとんどだ。
それぞれの想いを抱え家に帰った私達は、その夜おかずくんにインド先住民族(アディワシ)について訪ねた。
noco projectを先に進めていく為には知っておかなくてはいけない気がした。
トライバルベルトという、先住民族が住むジャングル地帯には、アーリア人が移り住むよりずっとずっと前から彼らが住んでいた。
何故ジャングル地帯が侵略されなかったのか?
彼らの存在は得体が知れず脅威だったらしい。
だが、特に攻撃を仕掛けてくる訳でもないので放っておかれた。
だからこそ、100年程前まで彼らは独自の生活を続けられたという。
こんな風にして、家作りを通して私達はワルリの歴史から生活、文化により深く入り込んでいったんだ。
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インタビューに答えてくれたお父さん(ピタジー)は、
「来てくれてありがとう。」
と、私達にキュウリを振舞ってくれた。
暑さと乾燥と衝撃で渇いていた私の喉を潤してくれたキュウリは格別に美味しかった。(naoko)